「水田→弾薬庫→公園」と歴史を刻む公園

130720

連日の猛暑の中、プールOPENにあわせて横浜市にある「こどもの国」に行った。この公園は、どの広場も森による囲まれ感がここちよい。プールもしかり。泳ぎながら森林浴できるってなかなか貴重な存在。

ここは広さ約100ヘクタール、多摩丘陵の雑木林をそのまま生かした自然の遊び場で、今では遠足の聖地と言われるほど平和の象徴的な公園として定着しているが、以前(戦時中)は弾薬製造貯蔵施設(東京陸軍兵器補給廠・田奈部隊填薬所)として使われていた歴史がある。敗戦後の1961年に「こどもの国」用地として日本に返還されるまで、米軍弾薬庫として接収されていたのが功を奏し、都会の中でも広大な自然がそのまま残されることが可能となったのだそうだ。

それにしても園内は広大かつ自然の曲線が多く全体像がつかみにくい。…が、この『横浜こどもの国の今昔』という3枚の変遷図を見つけて、深く納得。弾薬製造貯蔵施設として利用される前は、見事な谷戸(谷津田)だったのだ!
こどもの国今昔s
(C)永野達代の鳥瞰図ギャラリー

森に深く入り込んだ2つの谷戸の水田部分が戦時中、弾薬を運搬するための引込み線や道路となり、さらにその弾薬庫関連施設として利用されていた部分が「こどもの国」の園路・広場となったわけだ。

まさに時代とともに変遷する土地の利用・・・だけどその時代ごとに地形をうまく読み込んで、取り込んで、各々の機能とかたちを実に巧みに地形とフィットさせている。
もう一度じっくりと歩いてみたくなった。